保育園の年度末、終業での集まり。いつもと違う人の多さ、ざわざわした空気…
玄関に着いた瞬間、息子の足がピタッと止まりました。
「行かない!」という必死の拒否。
抱っこをしてなんとか教室まで辿り着いたものの、お別れの歌の時間になり
「みんなで前に出て園歌を歌ってお別れしましょう!」と先生からの提案!
しかし、先生や普段仲良く遊んでいるお友だちが誘ってくれても、息子は私から離れることができませんでした。
結局は、お友だちが歌っているの抱っこのまま観て終わりました。
私自身は息子の気持ちを理解しているつもりだったので、
そこの場では「仕方ない」と割り切っていたのですが、実は少し心配になったのが本音。
「無理強いはしたくない。でも、いつになったら……?」
そんな風に、周りの子と比べて少し先の未来を心配してしまうこと、ありませんか?
なぜHSCにとって「いつもと違う場所」はハードルが高いの?
HSC(ひといちばい繊細な子)にとって、行事は「刺激の嵐」です。
- 情報の渋滞:
人の多さ、話し声、慣れない装飾、ママたちの視線。これらを一気に、深く受け取ってしまいます。 - 警戒センサー:
「いつもと同じじゃない=危険」と脳が瞬時に判断して、自分を守るために足が止まってしまうんです。
入り口で「行かない!」と言ったのは、息子のセンサーが正しく働いて
自分を守ろうとした証拠でもあるんですよね。
「抱っこのまま」は、立派な参加のカタチ
息子の出番は私の抱っこのまま、お友だちが歌うのを観て終わりましたが、後で気づいたんです。
彼はサボっていたわけではなく、私の抱っこという「安全地帯」から
一生懸命に現場を「観察」して学んでいたんだなって。
HSCの子にとって、「安心できる場所から見守る」のは、立派な参加なんだな、と。
無理に輪の中に入れられると、恐怖心だけが残ってしまいますが
抱っこで「見守る」ことができれば、彼の中でその場所は少しずつ「安心できる場所」に上書きされていきます。
「いつか離れる日」のために、今できる魔法の言葉
「いつになったら私から離れて発表できるんだろう?」という不安。
結論からですと、「自分は100%安全だ」と確信できた時、HSCの子は驚くほど自然に一歩を踏み出すそうです。
その時期を早めるために、私たちができる「安心のコップを満たす」のはこんなことです。
- 実況中継で予習する:
「明日はパパやママがいっぱい来るよ。〇〇はママの隣に座って見ていようね」と、ハードルを下げて伝えておく。 - 「観ていたこと」を具体的に褒める:
「歌わなかったね」ではなく、「ママの抱っこでお友だちのことしっかり応援できていたね、かっこよかったよ」と伝える。 - 安全基地を貫く:
息子が「ママがいい」と言ったら、「いいよ、ここにいていいよ」と即答してあげる。
これが一番の近道だったりします。
いつか息子が私の手を離して、照れくさそうにステージで歌う日が来るかもしれません。
あるいは、ずっと控えめなままかもしれない。
でも、今の「抱っこの温もり」を求めてくれる時期は、ほんのわずか。
「いつか」を心配して今を苦しく過ごすより、今は「私の腕の中が世界で一番安心なんだね」と、その重みを受け止めてあげたいなと思います。
皆さんのお子さんは、行事の時どんな様子ですか?
最後まで読んでくださってありがとうございました。
また立ち寄ってくださいね。